理事長所信Message
公益社団法人諏訪圏青年会議所
2026年度理事長 北原 悠二朗
理事長所信
【はじめに】
2027年、諏訪圏青年会議所は、全国の仲間が覚悟と憧れを持って集う「全国大会」という舞台を、この諏訪圏の地で迎えます。
全国大会は日本青年会議所最大の運動発信の場であり、全国から約1万人の青年会議所メンバーが集い、日本の未来と地域の発展を語り合う、まさに歴史的な大会。これまで全国大会が開催された都市は、政令指定都市をはじめとした大都市が多かった中で、地方都市であるこの諏訪圏が選ばれました。
地方都市でも「諏訪圏ならできる」と日本青年会議所から託されたこの機会。これはもはや、地域と共に挑み続けてきた先輩たちの歩みと、私たち自身の存在意義を問われる、まさに一世一代の挑戦です。
しかし、正直に言えば、今の諏訪圏青年会議所は、まだ全国大会という大きな舞台に「本気で向き合っている」と言い切れる状態ではないかもしれません。
会員数は年々減っていて、例会や事業の出席率も決して高くはない。雰囲気もどこか遠慮がちで、「誰かがやってくれるだろう」という空気が漂っています。全国大会を開催することは驚異的なことなのに、その熱がメンバー全員に伝わっていないのが、現状です。
だから、私たちはまず、この組織をもう一度「自ら出たくなる場所」にしなければいけない。やらされるのではなくて、やりたくなる。意見を言えばちゃんと届く、頑張ったら認められる。悔しいこともあるけれど、やっぱり楽しいと思える仲間と空間がある組織にする。出てくる人が輝ける場をつくる。自分の成長のために、仲間との信頼のために、地域の未来のために。そんな熱が伝播し続ける組織でなければ、この組織の存在意義がありません。
さらには、「諏訪圏青年会議所の看板を背負っているのだ」という自覚も必要です。全国大会を主管するLOMとして、地域や全国の仲間から見られていることを忘れてはいけない。信頼される存在であり続けるために、一人ひとりが自分の役割に責任を持たなければいけない。それはプレッシャーではなく、誇りの話です。
いよいよ、全国大会「直前の年」。
今ここで火をつけなければ、2027年はダメになる。
私たちが燃えなきゃ、誰も燃えない。
だから、まずは私たちから。
やっぱりJCっていいな、って感じられる1年にしよう。
自分の成長が仲間に伝わり、その輪が地域に広がっていく。そんな1年を、一緒に創っていきましょう。
【仲間を増やすことは、希望を増やすこと】
「拡大」という言葉は、青年会議所において繰り返し語られる言葉です。しかし、私たちは今こそ問い直さなければなりません。私たちが拡大しようとしているのは、「人数」なのか、それとも「仲間」なのか。
青年会議所の活動は、メンバー一人ひとりの情熱と挑戦によって成り立っています。だからこそ、仲間が増えるということは、エネルギーが増えることであり、可能性が広がることでもあります。新しい人が加わるたびに、新しい視点が持ち込まれ、組織の呼吸は変わります。地域の未来を語る仲間が、ひとりでも多くいること。それが、この組織の希望であり、使命なのです。
とはいえ、拡大は決して委員会だけの仕事ではありません。
誰かに任せるものでも、年間のノルマでもない。一人ひとりが、自分の言葉でJCを語れること。その文化こそが、本当の意味での「メンバー全員拡大」です。
人は、「紹介されたから」では動きません。「この人が言うなら信じてみよう」と思える関係があってこそ、次の一歩を踏み出します。つまり、拡大とは信頼の連鎖であり、人と人との間にある本気の想いが起こす行動なのです。
だからこそ、この一年は、「JCに人を誘う」という行為そのものを、もう一度ポジティブに捉え直していきます。会員拡大は「仲間の可能性に賭ける」という活動であり、自分が信じる場所を誰かに紹介するという誇りある行動です。
そして何より、私たち自身がこの組織のことを「魅力的だ」と思えていなければ、人に語ることはできません。つまり、拡大とは組織の魅力を高めていくことと同義であり、結果として最も根本的な組織改革にもつながっていくのです。
今、全国大会という歴史的な挑戦に向かうこの諏訪圏に、新たな仲間が加わることは、この地域の未来に新しい灯をともすことと同じです。私たちはその灯を、ひとつ、またひとつと、つないでいかなければなりません。
全員で、仲間を増やすという文化をつくろう。
その文化こそが、諏訪圏青年会議所の未来を、そして地域の希望をつくっていくのです。
【諏訪圏の未来を、全国に語る】
全国大会の開催は、諏訪圏青年会議所にとって組織の成熟度を試される舞台であると同時に、地域とどれほど真摯に関わってきたかを問われる機会でもあります。自分たちだけで盛り上がる催しでは意味がない。地域とともに創り、地域の中で活きる大会でなければ、この地域における私たちの存在意義は形骸化してしまう。
だからこそ、私たちはこの1年を、地域との関係性を丁寧に再構築する時間として位置づけなければなりません。全国大会で私たちが地域に伝えるべきことは何なのか。その答えは、日々の活動の中で地域に何を問いかけ、どんな価値を共につくってきたかにかかっています。
青年会議所が「まちづくり」に関わるということ。それは、行政の代替でも、住民運動の模倣でもありません。私たちは私たちにしかできない立ち位置で、地域の未来に向けた問いを立て、その問いに対する私たちなりの答えを行動で示す存在であるべきです。
現在、社会の価値観は急速に変わり、多様な人たちがそれぞれに地域の未来を模索する時代になっています。私たち青年会議所も、そうした社会の変化を感じ取りながら、どれだけ真剣に地域と向き合ってきたかが試されます。
全国大会という大きな機会は、これまでの1年間の姿勢や取り組みを「見せる場」であると同時に、私たち自身が地域に必要な存在として認識されているかどうか「問われる場」でもあります。
そこで大切なのは、単発の華やかなイベントではなく、地域との間にどれだけ確かな信頼関係を日頃から築けているかです。そうした日常の中での実践が、やがて青年会議所運動を社会的に意味あるものへと押し上げていくと、私は信じています。
そして、何より大切なのは、私たち自身が、地域に対して敬意と好奇心を持ち続けられるかどうかです。自分のまちを誇れること。まだ知らないまちの可能性にワクワクできること。批評家ではなく当事者として、現場に立ち続けること。そうしたメンバー一人ひとりの姿勢が、組織の空気をつくり、運動の質を決めていきます。
全国大会に向けて、私たちは諏訪圏という土地の魅力と可能性を、あらためて見つめ直すことになります。その視線が一過性の演出ではなく、地域とともに積み上げてきた思考と実践に裏打ちされたものであるならば、きっと全国の同志の心を動かすことができるはずです。
まちを語る前に、まちを歩き、まちの声に耳を傾ける。そうした基本的なことを、もう一度組織として大切にしたい。
この1年が、地域との信頼をもう一段深める時間にしていくことが重要なのです。
【誇りを形にする 挑戦の本質は準備に宿る】
2027年に開催される全国大会は、私たち諏訪圏青年会議所にとって、間違いなく歴史の頂点に位置づけられる出来事です。全国から多くの同志が集うこの大会は、単なるイベントではありません。青年会議所という運動体が、日本各地の地域社会と未来について向き合い、語り、発信する最大の場。そこに、私たちが主管青年会議所として立つという事実は、地域にとっても、LOMにとっても、そして一人ひとりのメンバーにとっても、極めて大きな意味を持ちます。
それは、地域にとっては多くの来訪者を迎えることで得られる経済的・社会的な活性化、LOMにとっては総力を挙げて大会をつくり上げることで得られる組織としての一体感、そしてメンバーにとっては全国の仲間と交わりながら、自分たちの地域に改めて向き合う機会になるということです。
この経験は、今後の人生や運動において確実に糧となっていくでしょう。
その全国大会に向けて、私たちは今、「準備」というフェーズにあります。準備とは、往々にして裏方と捉えられがちです。しかし私は、むしろそこにこそ、青年会議所の本質が表れると感じています。段取りや作業ではない、未来を想像し、それを形にする意志の集積、誰に頼まれたわけでもなく、自らの手で地域の歴史を創ろうとする覚悟、それが「準備」の本質です。
そしてその「準備」は決してひとつの委員会だけの仕事ではありません。組織全体が「どうありたいか」を問い直し、行動を始めるきっかけとして、この準備は位置づけられるべきです。
私は、この準備の時間そのものが、私たちの運動の質を決定づける「形成期間」だと考えています。誰かがやるのを待つのではなく、自らが一歩踏み出す空気。今だけではなく未来を見通す視野。そして、一つひとつの積み上げが、やがて大きな信頼につながっていくという実感。それらすべてが育まれていくとき、諏訪圏青年会議所は確実に次の段階へと進化します。
諏訪圏青年会議所が、この大会にどんな想いで臨んでいるか。それは当日の設えや運営だけでなく、そこに至る「準備」にこそ、最も色濃く表れるはずです。
全国大会を迎える前に、私たちはこの2026年度という1年で、私たち自身の在り方を問い、磨き、強めていかなければなりません。全国の同志、地域の人々、そして次世代のメンバーに、諏訪圏青年会議所の姿勢と覚悟が伝わるような準備を。私は、このような準備を共に創っていける仲間がここにいると信じています。
【子どもたちの一歩が未来の一歩に】
地域にとって、子どもたちの存在は未来そのものです。だからこそ、私たち大人がどんなまなざしで彼らと向き合っているかが、地域の成熟度を示す鏡であると考えます。
青少年育成というのは、単なる「教育支援」や「体験提供」を超えて、まちの大人たちが子どもたちにどういう社会を見せているか、という問いでもあります。今、社会はめまぐるしく変化しています。テクノロジー、環境、価値観、人間関係。あらゆるものが揺らぐなかで、子どもたちは確かな指針やロールモデルを求めています。そのとき、私たちがどれだけ真剣に、「自分の背中を見せられるか」が問われるのです。
体験活動や交流の場づくりは、決して一過性のイベントではありません。むしろその一つひとつに、大人たちがどれだけ本気で関わっているか、どれだけの信念を持って向き合っているかが如実に表れます。そして、子どもたちは大人が思っている以上に、その熱を感じ取っています。
私たちは、子どもたちに何かを教える立場ではありません。むしろ、共に考え、共に挑戦する「伴走者」としての姿勢が、今の時代に必要とされている関わり方だと考えています。子どもたちを信じること。任せてみること。そして失敗しても寄り添うこと。そうした一つひとつのまなざしが、次世代の人間力を育て、地域に活きる誇りや希望を育むことにつながるのです。
私たちの活動が、10年後、20年後に「あの時の経験があったから」と言ってもらえるようなものになっているか。一見すると地味な積み重ねでも、それは確実に誰かの未来を支える力になっています。
そして何より、子どもたちと本気で向き合うことは、私たち自身の成長の機会でもあると感じています。問いかけられるのは、大人である私たちです。「あなたは、自分のまちに誇りを持っていますか」「あなたは、大人であることを楽しんでいますか」と。
未来を育てるということは、同時に自分たちの足元を整えることでもあります。この1年、地域の未来と本気で向き合う大人たちの姿勢が、子どもたちの心に何かを残し、やがて地域の風景を変えていく必要があるのではないでしょうか。
【組織に再び命を吹き込む】
組織にとって、最も大切なものは何か。それは、理念でも制度でも実績でもなく、「人が動いている」という実感ではないでしょうか。
青年会議所は本来、エネルギーに満ちた場所です。自ら手を挙げ、仲間と語り合い、ときに失敗し、悔しさを噛み締めながらも、失敗から学び、成長を重ねて地域に新しい風を吹き込んでいく。そんな姿が、長い間全国各地で何十年も紡がれてきました。
しかし私たちは今、その原風景を少しずつ見失いかけているのかもしれません。参加率の低下、関心の希薄化、役職や肩書の形骸化。これらは、誰かひとりの責任ではなく、組織全体が抱える「空気の鈍化」の表れではないでしょうか。けれども、私は信じています。組織の熱は、必ず取り戻せる。
必要なのは、「出てくることが楽しい」と思える場所、「関わることに意味がある」と感じられる場面を、もう一度、私たち自身が創り直すことです。
人は、場に呼ばれてくるのではありません。人の想いが人を呼ぶのです。あの人がいるから行ってみよう。あの人たちの創る熱量があるから出てみよう。そうした関係性こそが、組織を動かす本当の原動力です。
諏訪圏青年会議所の存在を「義務」や「習慣」ではなく、「自然と関わりたくなる文化」へと再構築する挑戦の時間にしたいと考えています。会議ひとつ取っても、それが意味ある時間か、心が動く時間か。例会や懇親の場も、誰かを変えるきっかけになっているか。私たち自身が問い続けることからしか、活性化は始まりません。
そしてもう一つ、大切なことがあります。自分の言葉で、自分の想いを話せる場があるかどうか。
どれだけ仕組みが整っても、どれだけ数字が良くても、「想い」が語られなければ、組織は機能しなくなります。だからこそ、メンバー一人ひとりの想いに光を当て、言葉にする機会を意識的につくっていきたい。組織の活性化とは、形式の改善ではなく、内側の熱の再燃です。
かつて私たちが出会った青年会議所の景色、本気で未来を語り合った夜、仲間と無邪気に笑いあったあの瞬間、あの鼓動を、もう一度この組織に取り戻しましょう。
【伝わらなければ存在しないのと同じ】
どれほど価値ある運動であっても、それが社会に伝わっていなければ、私たちの活動は「なかったこと」として扱 われます。これは厳しくも明確な現実です。
青年会議所が果たすべき役割は、社会の課題を捉え、それに対して行動を起こすこと。
しかしそれと同時に、その行動の「意義」や「背景」、そして「未来にどんな希望を残そうとしているのか」を、わかりやすく、丁寧に、そして熱をもって社会に伝えていく責任も負っています。
広報とは、ただ事業の結果を記録するためのものではありません。単に写真を載せ、文章を添える作業でもありません。それは運動の「解釈」を世の中にゆだねず、自らの言葉で語るという、極めて創造的かつ戦略的な行動です。
この数年、諏訪圏青年会議所としても「広報の弱さ」が課題となってきました。情報発信は後手に回り、地域との接点が薄れていく。その影響は、事業の意義の伝達が不十分になってしまうのみでなく、仲間を増やす力や地 域からの信頼の質の低下にも及んでいます。
だからこそ、2026年度は「伝わること」に本気で向き合わなければなりません。
発信とは、一方通行ではなく、社会との対話の入り口です。誰に向けて何を伝えたいのか。そのメッセージは、受け手にどう響くのか。そうした視点を持つことが、組織の自己認識を深め、活動の精度を高めていくことにもつながります。
私は、広報というものを「戦略」として位置づけたいと考えています。それは単なる作業ではなく、未来に向けた意志表明であり、仲間を巻き込む文化形成の一翼を担うものです。どんな活動も、伝わって初めて価値が可視化され、言葉が届いて初めて共感が生まれる。私たちは、その「つながりを生み出す技術」を磨いていく必要があります。
また、広報は外に向けた発信だけではありません。内部の空気を醸成し、メンバー同士の心をつなぐ手段にもなり得ます。仲間の想いや挑戦を発信する。誰かの頑張りを称える。そうした一つひとつの発信が、組織の文化を形づくるのです。
「伝わること」に向き合う姿勢が、組織の熱を高め、地域との信頼を育み、そして運動の未来をつくっていく。その確信を持って、私たちは広報という領域に、真正面から挑まなければなりません。
ただの報告で「伝える」だけではなく、「相手に伝わる」ことを運動の中心に据え、私たちの言葉で、私たちの存在を証明していきましょう。
【運営の品質が組織の信頼を決める】
組織の力は、表に見える華やかな場面だけでは測れません。むしろ、その基盤となるのは、日々当たり前のように積み上げられている「運営の品質」です。
定款や規則、会議体の運用、文書の整備、議事の記録、意思決定の透明性、事務処理の正確性。
それらは、表舞台から見えにくいかもしれません。しかし、その一つひとつの精度が、組織の信頼を支え、運動の説得力を高める柱となっているのです。
青年会議所は、多様な価値観と個性が交差する場所です。だからこそ、中立性と公平性、そして明文化されたルールに基づく運営が何より重要になります。会議が遅れる、記録が曖昧、判断が属人的。そんな状況では、いかに高い志を掲げていても、組織としての信頼感や説得力を持つことはできません。
また、組織の運営は単なる事務作業ではありません。人の動きを促し、流れを整え、組織の文化をつくる設計の仕事です。議案ひとつを通すにも、どれだけ丁寧に意図が整理されているか。総会をひとつ開くにも、どれだけ準備が行き届いているか。それによって、組織全体の緊張感と信頼感はまったく異なってきます。
私たちは今、全国大会というかつてない大舞台に向かう過程にあります。その中で、組織がいかに強く、安定し、信頼されるかは、裏舞台をどれだけ丁寧に積み上げられているかにかかっていると言っても過言ではありません。
だからこそ、この1年を通して、組織運営の在り方そのものを問い直す機会にします。
「地味な積み重ねこそが、組織の信頼を築いていく」
そんな価値観を、組織全体に浸透させていきたいのです。
制度と文化、ルールと人間味、その両立を図ることこそ、運営の品質を高める鍵です。
そしてその「目に見えにくい活動」にこそ、組織としての矜持と知性が宿るはずです。
【予算に、志は宿る】
どんなに高尚な理念も、どれほど魅力的な企画も、最終的には「予算」という形で現実に落とし込まれていきます。つまり、どこに費用を投じ、どこに投じないか。その選択の積み重ねが、組織としての思想を最も率直に表す鏡なのです。
予算とは、単なる数字の配分ではありません。それは私たちが「何を優先し、何を信じているか」を可視化したものであり、事業の可能性と限界の両方を決める設計図でもあります。
だからこそ、予算の審査は、会計処理やルール確認にとどまらず、その事業が本当に組織の理念にかなっているか、地域にとって必要な価値を生み出すかを問う、最も重要な意思決定の場であるべきです。
費用対効果は、たしかにひとつの評価軸です。しかし、青年会議所の活動は、ときに「効果」が数値化しにくい挑戦にも意味を持ちます。
そのような事業にこそ、本質的な成長や学び、人の心を動かす瞬間が宿っていることもあります。だからこそ私たちは、単純な損得や規模の大小に惑わされず、「志があるか」「未来につながるか」という観点から、事業を見つめ直す視点を持たなければなりません。
その責任を担う役割は、表立つことは少なくとも、組織の羅針盤として極めて重要です。数字と理念、熱量と整合性。相反するものを調和させる知性と感性が、そこには必要とされます。
私は、審査ということを「止めるためのもの」ではなく、むしろ「事業を強く、深くするための対話」と捉えています。
想いのこもった企画に、もう一歩の裏付けや視点を添えることで、事業はさらに社会に届くものへと昇華していく。そのプロセスに伴走することこそが、本来あるべき審査の姿ではないでしょうか。
私たちは、一つひとつの判断に責任を持たなければなりません。組織の限られた資源を、未来へと正しく振り分けていくこと。その緊張感と使命感が、組織の信頼と成熟を醸成していきます。
どこに費用をかけるかは、どこに想いを注いでいるかという証です。
予算に、志は宿る。その思想をこの1年、組織全体で共有しながら歩んでいきましょう。
【さいごに】
諏訪圏青年会議所は、創立以来最大の舞台に挑みます。
「全国大会」
私たちの総力をかけ、地域の理解と共感を得ながら、私たちがこれまで積み重ねてきた運動の「今」を全国に発信する場です。
全国大会を地方都市で、実現しようとしている。
この挑戦が、どれほど大きな意味を持つのか。それは、歴史が証明することになるでしょう。
だからこそ私は、この1年を「事業の年」に終わらせたくありません。
「組織の姿勢」が試される年
「個人の誇り」が問われる年
「未来への責任」が共有される年
であってほしいのです。
関心の温度差がある今の私たちにとって、この全国大会は単なる目標ではなく、変わるための理由であり、動き出すための起爆剤であるべきです。
待っていても、変化はやってこない。出ることにワクワクできる組織、自ら関わることに意味を感じられる組織を、自分たちの手で創っていくしかないのです。
青年会議所の活動・運動に「出ること」は、勇気がいります。時間もかかれば、葛藤もあります。
けれど、その不自由さの中にこそ、仲間とともに本気で地域を語り、自己を磨き、まだ見ぬ可能性に出会える自由があると、私は信じています。
私は、すべての委員会、すべてのメンバーに敬意をもって関わります。
どんな立場であっても、どんな関わり方であっても、この組織に関わるすべての人が、誇りを持てる1年をともにつくりあげていきます。
「諏訪圏のJCは、やっぱりすごい」
そう思ってもらえる未来は、私たちの覚悟と行動の先にしかありません。
全国大会は、未来への扉です。
その先に続く、10年、20年後の諏訪圏青年会議所の姿を想い描きながら。
この1年を、組織の礎として、そして私たち自身の誇りとして、心から笑って振り返ることができるように。
私たちは、やる
その覚悟を胸に、いま、ここから始めよう
